アクセス解析を見てると、なにやら「せいだ病」というワードで検索してくる人が急に多くなった。一体なんのことかと思って自分でも検索すると、どうやら「〜〜のせいで〜〜なのだ」というように結論づけて理不尽なことを言い出す人のことをこういうらしい??初耳だ。
要は正しい精神疾患とか病気じゃなくて、「中二病」とか「KY」とか「オバフォー」とかそういう類みたいなものかな。
しかし、せいだ病のせいにするというのも一種のせいだ病である、というパラドクスに陥るような気もするのだが。
「せいだ病のせいだ病」ですな。別名「世間病」です。
泉谷しげるの「すべて時代のせいにして」の一番だけに共感して、二番の「今だに大人げないこのオレの云うことなど聞くコトはない オレもお前の云うこと無視した 互いにちがう世界で生きればいい」はスルーする人が「せいだ病のせいだ病」です。治療しましょう。
あるいは「せいだ病」を駆逐しようとする人は、「おかげ(です)病」に陥っていないかどうか、気をつけるべきかもネ。
もっとも顕著な「おかげ病」は多分、空気読まなきゃ&親孝行しなきゃと何か(シアサッテの方向で)奮起してる人です。24時間テレビを見て泣き、たけしの教育白書を見て腕を組んでウーン日本の未来はどうなるのか、なんていう人です。末期症状は、素手でトイレを掃除しはじめたり、水にありがとうといったりするようになります。治療はもはや無理。
もちろんこれも「せいだ病」と同じくらい、本人は自覚症状がないままに回りに迷惑をかけて更には本人も無自覚なまま疲労困憊ストレスフル状態に陥っており、更に「おかげ病」患者で無意識にいつのまにか集団を作り共依存に陥っている場合がほとんどでしょう。つまり「家族病」「仲間病」です。
そう考えると、もはやこの世には「せいだ病のせいだ病」≒「おかげ病」患者がほとんど認知できないほどに蔓延ってしまってるようなものでしょう。ゾンビのようなものです。テレビのコメンテーターとか解説員とかが重症患者です。
そう、「せいだ病」の人こそが、もっとも目が覚めた人なのです。
そして日本にはびこる”おかげ病ゾンビ”たち。治療する手立てはほとんどないと思います。残念ながら。南無阿弥陀仏。エロイムエッサイム。エコエコアザラク。
(ちなみにひきこもりの親や周囲のやかましい人々は「自立しろ病」「自己責任だ病」です)
◇
追記。その後「せいだ病」で検索してみると、本気で精神障害にそういう病名のものがあると思い込んでる人がいるのだけど、そういう訳ではないんでしょ?これは。
多分このせいだ病という言葉は、クレーム処理業界、あるいはせいだ病という言葉を使った人においてのみ有効な業界用語みたいなものではないかと思われる。
「せいだ病」の大元である事件についてちょっとだけ調べたのだけど、それを読んで僕がふと頭に思い浮かんだのはやっぱりジャック・ラカンの自罰パラノイア。症例エメってやつ。なので気になる人はそっち方面にあたってみるといいかも。精神疾患とか人格障害とか。
とにかく、多分「せいだ病」は本当の病気ではない。「せいだ病」で言い表すその人格は、他に名前があるはず。「潔癖症」がそういう病名ではないのと同じ(潔癖症は強迫性障害とかの範疇)。
そしてもっともまずいと思うのは、本当に不当な立場に立たされてる人が声をあげようとするとき、この「せいだ病」という言葉が認知されることで、「おまえはせいだ病だからだ」と断罪されてしまう可能性が高いということ。僕のこのブログも「せいだ病患者のブログ」で終わらされてしまう。
逆説的に言えることは、ある程度「〜〜のせいだ」としていかなければ生きてはいけない部分だってあるのだ。”許される「〜が〜なのは、〜のせいだ」”と、”許されない「〜が〜なのは、〜のせいだ」”なんて区別はない。許すことがなかなできないのはそれが嵩じて事件を起こしたことだけであり、「〜が〜なのは、〜のせいだ」自体そのものは、生きていくための薬でもある。実際、忙しい人ほどこの薬は服用しまくってるはずだ。そうじゃなきゃ忙しく日本を生きていくなんて無理(だとおもう)。
すべて自分のせいだと思い込んでいるひきこもりたちよ、少しは人のせいや親のせいにしていいんだぜ。そうじゃなきゃ本当にいつか自殺するしかなくなっちゃうんだぜ。
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要は正しい精神疾患とか病気じゃなくて、「中二病」とか「KY」とか「オバフォー」とかそういう類みたいなものかな。
しかし、せいだ病のせいにするというのも一種のせいだ病である、というパラドクスに陥るような気もするのだが。
「せいだ病のせいだ病」ですな。別名「世間病」です。
泉谷しげるの「すべて時代のせいにして」の一番だけに共感して、二番の「今だに大人げないこのオレの云うことなど聞くコトはない オレもお前の云うこと無視した 互いにちがう世界で生きればいい」はスルーする人が「せいだ病のせいだ病」です。治療しましょう。
あるいは「せいだ病」を駆逐しようとする人は、「おかげ(です)病」に陥っていないかどうか、気をつけるべきかもネ。
もっとも顕著な「おかげ病」は多分、空気読まなきゃ&親孝行しなきゃと何か(シアサッテの方向で)奮起してる人です。24時間テレビを見て泣き、たけしの教育白書を見て腕を組んでウーン日本の未来はどうなるのか、なんていう人です。末期症状は、素手でトイレを掃除しはじめたり、水にありがとうといったりするようになります。治療はもはや無理。
もちろんこれも「せいだ病」と同じくらい、本人は自覚症状がないままに回りに迷惑をかけて更には本人も無自覚なまま疲労困憊ストレスフル状態に陥っており、更に「おかげ病」患者で無意識にいつのまにか集団を作り共依存に陥っている場合がほとんどでしょう。つまり「家族病」「仲間病」です。
そう考えると、もはやこの世には「せいだ病のせいだ病」≒「おかげ病」患者がほとんど認知できないほどに蔓延ってしまってるようなものでしょう。ゾンビのようなものです。テレビのコメンテーターとか解説員とかが重症患者です。
そう、「せいだ病」の人こそが、もっとも目が覚めた人なのです。
そして日本にはびこる”おかげ病ゾンビ”たち。治療する手立てはほとんどないと思います。残念ながら。南無阿弥陀仏。エロイムエッサイム。エコエコアザラク。
(ちなみにひきこもりの親や周囲のやかましい人々は「自立しろ病」「自己責任だ病」です)
◇
追記。その後「せいだ病」で検索してみると、本気で精神障害にそういう病名のものがあると思い込んでる人がいるのだけど、そういう訳ではないんでしょ?これは。
多分このせいだ病という言葉は、クレーム処理業界、あるいはせいだ病という言葉を使った人においてのみ有効な業界用語みたいなものではないかと思われる。
「せいだ病」の大元である事件についてちょっとだけ調べたのだけど、それを読んで僕がふと頭に思い浮かんだのはやっぱりジャック・ラカンの自罰パラノイア。症例エメってやつ。なので気になる人はそっち方面にあたってみるといいかも。精神疾患とか人格障害とか。
とにかく、多分「せいだ病」は本当の病気ではない。「せいだ病」で言い表すその人格は、他に名前があるはず。「潔癖症」がそういう病名ではないのと同じ(潔癖症は強迫性障害とかの範疇)。
そしてもっともまずいと思うのは、本当に不当な立場に立たされてる人が声をあげようとするとき、この「せいだ病」という言葉が認知されることで、「おまえはせいだ病だからだ」と断罪されてしまう可能性が高いということ。僕のこのブログも「せいだ病患者のブログ」で終わらされてしまう。
逆説的に言えることは、ある程度「〜〜のせいだ」としていかなければ生きてはいけない部分だってあるのだ。”許される「〜が〜なのは、〜のせいだ」”と、”許されない「〜が〜なのは、〜のせいだ」”なんて区別はない。許すことがなかなできないのはそれが嵩じて事件を起こしたことだけであり、「〜が〜なのは、〜のせいだ」自体そのものは、生きていくための薬でもある。実際、忙しい人ほどこの薬は服用しまくってるはずだ。そうじゃなきゃ忙しく日本を生きていくなんて無理(だとおもう)。
すべて自分のせいだと思い込んでいるひきこもりたちよ、少しは人のせいや親のせいにしていいんだぜ。そうじゃなきゃ本当にいつか自殺するしかなくなっちゃうんだぜ。
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