※読んだ本から気になった箇所を抜書しています。共感するところと反感するところ、両方とも抜書しています。
■香田証生さんはなぜ殺されたのか/下川裕治
ニューブライントンのビーチにいる。
遠浅の海に向かって長さが三百メートルはありそうな桟橋が一本延びていた。不思議な桟橋だった。海が浅いから大型の船は接岸できそうもない。小さなボートなら近づくことができるが、桟橋は高さが五メートルはあり、横づけしても桟橋に上がることはできない。
(……)「あの桟橋なんだけど。どんな目的でつくったんです?(……)とても船は着けないと思うんだけど……」
「船?それは無理ね。皆、釣りをしたり、散歩しながら海を眺めたり」
「そのために桟橋をつくったんですか?」
「キウイは暇だから」
(……)キウイはニュージーランドを代表する鳥である。そしてニュージーランド人はよく、自分たちをキウイと呼ぶ(……)。
僕はつくづくアジア人だと思った。桟橋というものは、船が着くためにつくるものだとばかり思い込んでいた。釣りをしたり、海を眺めたり……つまり、レジャーのためだけに桟橋をつくる発想は僕にはなかった。(P29-30)
気楽なビーチサンダルは貧乏旅行者の定番のようなものだった。最初こそ丈夫な靴やスニーカーを履いていても、旅が長くなり、それが壊れてくると、やがてはどこでも手に入るビーチサンダルに落ち着いてしまう。旅行者たちは安宿の片隅で、「インドネシア製がいちばんいい」とか、「タイヤのゴムを使ったものが最高だ」といったなんだか切ないビーチサンダル論を交わすことになる。(P40)
「ここなんかどうです。個室で五十五ドル。バスとトイレはついています。冷蔵庫や室内の電話はありませんけど。それに全室というか、館内は禁煙ですが」
「禁煙?」
「部屋で煙草を喫うことができるホテルは二百ドル以上のホテルになるんです
「……」
「ニュージーランドは、一応、禁煙国家をめざしてますから」(P45)
しかし彼らは外国に出、日本人が多い宿に泊まると、その居心地のよさにとろけそうになるのだという。海外の日本人宿は不思議な場所で、とことん話すこともできるが、もし宿泊客との関係が重くなれば、宿を出てしまえばいい。会いたくなければ会わなければいい。旅先で会った者同士という一線は誰も越えない。
北海道にある理系の大学の話を聞いたことがある。その大学では、一年全員に寮生活を課している。「人間同士のつきあい方をいまの若者は知らない。学者バカをつくりたくない」。それがあえて寮生活を強要する大学側の理由だった。
考えてみれば、海外の日本人宿は寮みたいなものである。それも嫌になったら出ていけばいいという気楽な寮である。
彼らの体を覆うまじめさと暗さ……。彼らをフリーターとかニートというのだろう。世間には、就職することを拒む気楽な若者と見てしまう人もいるが、彼らは職に就くことを嫌っているわけではない。なにをしたらいいのか決められないのだ。根がまじめだから決断できない自分をまた悩み、結論が出せない隘路に迷い込んでいく。(P120)
――彼らは同じ高校の同級生だった。高校時代、環境問題を論じるサークルに所属していた。いろいろ勉強していくと、いま、世界で起きている環境問題や戦争の元凶は、キリスト教というよりプロテスタントに行き着くのだという。プロテスタントたちは労働を美化し、効率優先の社会をつくりだしていった。産業革命からの流れである。ある時期、それは生活の豊かさに貢献したが、いまでは逆効果が出てきている。そのひずみが地球をとりまく諸問題を引き起こしている。それに比べるとイスラム教は、誕生して以来、ほとんど新しい教義をとり込まずにつづいてきている。その意味では、プロテスタントより本来の人間らしい生き方に根ざした宗教なのだ。欧米人はイスラム教徒に、「仕事中に祈りをはじめてけしからん」というかもしれない。しかしイスラム教徒は、それによって安らぎを心のなかに獲得していく。その結果、通貨暴落とか財政破綻を引き起こすマネーゲームに振りまわされずにやってこられたのだ。
誰かの受け売りのような気がした。原理主義の思想的指導者のなかに、そんな論理を展開している人がいるのかもしれなかった。
蠱惑の理論なのかもしれなかったが、一面の真理を突いていることは確かだった。イスラムにもさまざまな問題があることも知っている。シーア派とスンニ派の対立はどうなのかとも思う。しかし彼らが口にする論理を耳にすると、一度、しっかりとイスラム教というものを勉強しなければいけない気になってくる。(P164)
旅先で僕はよく、日本でフリーターとかニートと呼ばれている若者と会う。周囲から白い目で見られることがない海外は、フリーターにとっては楽園なのだろう。
四百万人ともいわれる定職に就かない彼らを、豊かな時代が生んだ気楽な若者のようにとらえる人々がいる。しかし海外で出会う彼らは真面目すぎるぐらいに人生を考え、その硬直さにがんじがらみになっている奴が多い。(P217)
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