※今回はまとまっていない上に、生理とか下痢などの話が出てくる。苦手な人は読まないようお願いしたい。
僕は中学ぐらいから、学校に行く直前、……身もふたもなく言えばウンコが出なくなっていた。そして学校につき、先生が来る5分前になると、猛烈な便意を催し、教室を出てトイレで用を足すということをしていた。
思春期、学校でみんなが見てる前でトイレに抜け出さなければならないのは、複雑な感情だったように思う(今その感覚はちょっと思い出せない)。
トイレに行く道すがら(といっても廊下だが)に職員室から教室へむかう先生とすれ違うこともあり、「先生、おなかいたいんでトイレいってきます」と言って僕はトイレに向かった。
その傾向は以後続き、20歳を越えても、電車で東京へ出かけなければいけないときなど、出かける直前にはフンづまりになり、電車が来る直前ないし乗り込むと途端に腹痛が起きるということが頻繁にあった。
場合によっては家族で遠出する時にもよくありがちだった。今は遠出しないからどうなのかはわからない。
それにより僕は電車に乗ることが怖い部分がある。過敏性腸症候群という名称もあるらしいのだが、その診断がついたことはなく、16歳頃に自律神経失調症のみ診断された。
以前にも書いたが僕はこれを自立する神経がちゃんと育ってない、という風に受け止めてしまい、そんなこといわれても……と考えていた。
最近、平野啓一郎の「顔のない裸体たち」という小説を読んだ。内容はさておいて、登場人物の<吉田希美子>が生理が重い設定であり、その生理の重さゆえに学生時代の頃からまわりの女子たちに偉いと言われたり同情してもらったりして、「男子はこんな苦しみを知らないんだ」という気持ちもかけあわさって無意識のうちに自分を受苦者のように感じ始め(受苦者の本来の定義を僕はわかってないのだけど、字面で大体把握している)……という心理の移ろいが描かれていた。
僕はこの<吉田希美子>の生理とそこから成り立った内面の描写に、母を重ねた。僕の母もまた生理が大変重く、生理のときは布団にずっと寝っぱなしになるという光景をよく見ていた(それはまるで短い鬱病のように)。
母も同じように、重い生理があるために、いつのまにか自分は特別、受苦者なのだ、というような感覚の芽生えはあっただろうか?<吉田希美子>はそういう経緯も絡んで、深く考えることや内省することがない、というような設定があった。ここもまた母と重なった。
内省しない母。受苦者であるような錯覚を覚えた母。もしそうであったなら、そんな母にとって、キリスト教は、なおのことさらに母自身を特別な存在へとのしあげることのできるアイテムだったのではないか。
女の子は、思春期以後生理があるようになる。
僕のフンづまりと腹痛も、思春期以後に始まったのだ。
そして僕は、あの母の姿、ありかたにうらやましさを感じていたのではないだろうか。幼い頃から疲れていた僕は、母の重たい生理を理由に布団で眠り続けられる姿に、うらやましさを感じていたのではないか。それをキリスト教をかけあわせて、自分を特別な存在にのしあげられる、そのあり方に。女で、生理であるということで休めるその姿に。
僕は生理のかわりに腹痛を手に入れたのか。母を無意識に自分の身体に取り込んだのか。母との身体的同一性があらねばならなかったのか。そのために腹痛癖のある身体が始まった。そんな風に無意識に思っていた、と考えることは無理があるだろうか。理屈として可能だろうか。
母は、僕が子供の頃から時々その真っ赤にそまったナプキンを「ほら」といって見せた。僕はこんなに血が出てダイジョウブなのだろうか、と思った。
ブログランキングに参加しています。よければクリックしていってください。
↓