「ひきこもり」でぶつかり合う家族イデオロギー
- 2016/08/28
- 06:42
ひきこもり支援者、ひきこもり集め者、それと経験者本人、その家族、それらで話が食い違う時、家族についてのイデオロギー、それがぶつかるのだと思う。などと言語化された朝。
大人数集客するヒト集めをしてるヒトたちとそのやりかたにわたしが恐れるのは、家族、結婚のイデオロギーを、ヒトを集める本人自身が分離しないまま出来ないままに、そのヒトたちを動員してるのではないか、と思うところからなんだろう。
結婚と家族、それが前提のヒトが、「ひきこもり」で大人数を集客している。大人数は「ニーズ」とか「マッチした」とかとして内面化されることは、あっという間で。その内面化や納得に抵抗するのって、ヒトにはなかなか難しいよ。じぶんの政治やイデオロギーを正当化してくれるもの。
「ひきこもり」テーマでは、家族イデオロギーで、そのヒトたちのそれぞれの立場を超えて、ぶつかる。横で繋がりはするものの、いまいち協働できないのは、そこか。
大人数集客するヒト集めをしてるヒトたちとそのやりかたにわたしが恐れるのは、家族、結婚のイデオロギーを、ヒトを集める本人自身が分離しないまま出来ないままに、そのヒトたちを動員してるのではないか、と思うところからなんだろう。
結婚と家族、それが前提のヒトが、「ひきこもり」で大人数を集客している。大人数は「ニーズ」とか「マッチした」とかとして内面化されることは、あっという間で。その内面化や納得に抵抗するのって、ヒトにはなかなか難しいよ。じぶんの政治やイデオロギーを正当化してくれるもの。
「ひきこもり」テーマでは、家族イデオロギーで、そのヒトたちのそれぞれの立場を超えて、ぶつかる。横で繋がりはするものの、いまいち協働できないのは、そこか。
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