7/19頃からパソコンの調子がおかしくなり、最近まで使えなかった。
しかしそう実際にパソコンがうんともすんとも言わない状態になると、気持ちは見事にパソコン、ネットから離れて興味がなくなってしまった。
元々常に「パソコンやHDDが壊れても泣かない程度のラインでパソコンをいじる」というスタンスだったから、諦めが早かったのかもしれない。
まあ結局こうして使えるようになってるのだけど、それでももうかなり色々イカれてるPCなので、次回何かダメになったら、さすがにもう復帰できないかなと思っている。
本題。
先日、祖母の墓参りに行って来た。父と母と兄と、それから叔父と叔母と従姉妹とで。
とにかくそれが決まった時からものすごくイヤだったのでなんとか逃げ出す方法はないか考えてたし、中止にならないかと思ってたけど、どうにもならずいくことになった。
そんな風に叔父一家と会うのも数年ぶりだったし、父母兄と一緒に車で出かけるのも数年ぶりだった。
とにかく行く最中の車内がいやだった。この父と母と兄によって僕は人生をぶっ壊されたのだと思うと、やりきれなくなり、道中ずっと寄り目にして別のことを考えていた。寄り目にしておくと、ちょっと意識が普通の状態じゃなくなるから。
それで墓参り。献花して、それから一人ずつ黙祷するのだけど、僕は母に前もって「キリスト教的なことは一切しないでくれ、そうじゃなきゃいかない」といってあった。なので、みんなの前で黙祷するとき、どうしたらいいのだろうと悩んでいた。
結果、「もうキリスト教的なことは一切拒絶する」という態度を示すことを含ませて、手を後ろでにくんでちょっと頭をもたげて目をつぶって5秒ぐらいそのままじっとする、というやり方にした。
とにかく僕はこわばっていた。でもそのこわばりが、ある瞬間ほぐれた。叔父が僕にこう話しかけてきたのだった。
「たけしちゃん、今、なにか創作やってるの?」
創作ってのは、音楽作ったり編み物したり絵本描いたり、そういうの何かやってるの?という意味だった。
僕は「ううん、何もやってない、ただ一日読書してるだけ」と答えたら叔父は笑った。すると叔父は「どんな本?」ときいてきた。
僕「ジャック・ラカンって知ってる?」
叔父「?わからない」
僕「ユング・・・?」
叔父「うん、ユング」
僕「それからフロイトがいて」
叔父「フロイト、。」
僕「その、フロイトの、一番弟子みたいなフランスの精神科医がジャック・ラカンなの」
叔父「そうなんだ、じゃあ結構現代的な人なんだね」
僕「でも難しくて、ほとんどわからなくて、でもなんか好きで読んでるの」
叔父「ハッハッハ、そっか、じゃああれだ、きっと何かを感じるんだな」
そして叔父は自分の車に乗り込んだ。
僕はこの「何かを感じるんだな」の一言で、こわばりが解けた。そうだったのだ、僕はこう言ってほしかったのだと即座に思った。
僕が同じように父に話したところでは、どうせ「意味もわからないのに読んでるんじゃ時間がもったいない、わからない本は机に座って線を引っ張ったりしながら読んでウンヌンカンヌン」となって僕は不愉快な思いをすることになる。
叔父のように、「感じるんだね」とただそう言ってもらえれば、僕はうれしかったのだ。ただ、叔父は別にそこまで深い意味や思いやりをこめてそう言った訳ではなかったと思う。
そもそもこの叔父はオタクの先駆け的存在の人で、実に感覚的な人なのだ。UFOキャッチャーにはまれば押入れの中全部をUFOキャッチャーの人形にしてしまう。マンガも大好きで、メジャーどころではなくサブカルチャー的な、こう横道のマンガが好き。僕がホラーマンガを好きなのも、間接的に叔父の影響がある。
僕は、そもそも叔父になら、僕の感覚とかがわかってもらえるはずだ、と思っていたところがあった。それは、やっぱり正しかったんだなあ、と思った
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