最近、できる範囲で、今まで細かくやってきたことを、ちょっとずつ雑にしている。
例えば僕は、飲み終わった牛乳の紙パックは捨てずに、はさみで切り開いてざざっと洗って乾かして取っておく。これは、主に魚や肉を切る時のためのまな板がわりとして結構使える。野菜をきるときは普通のまな板を使うんだけど、魚や肉は油を含んでいるため、普通のまな板できっているとだんだんまな板に油がこびりついた状態になってくる。それがいやで、牛乳パックのまな板を併用するようになった。
で、これを切り開いた時、うまくきれなかったところや、飲み口の部分にあたるヨレヨレの部分。以前だったらこれも丁寧に切り取っていたんだけど、最近は「よし、この部分を適当に残すぞ」としっかり意識しつつでもいい加減な状態のところを残している。
この牛乳パックまな板のやり方を母に教えたのだが、どういうわけかはさみがうまく扱えないようで、うまく切れずすごいギザギザになってしまう。で、最初は「どうしてギザギザにしか切れないの?ちゃんと切って。こうやってやれば、ちゃんと切れる、面倒がらずにこうやって。」と目の前で教えたりもしたのだが、「うつ病や薬の副作用のせいもあるのかな」と思ったとき、ギザギザになることについてはもう諦めてそれでよしとした。
僕が自分で切り開いた牛乳パックを、切り口をいい加減なままにしておけるようになったのはこの母の不器用さへの諦めがきっかけであった。それにこの牛乳パックまな板、肉や魚を切り終えたら捨ててしまうのだから、別にそこまで美を追求しなくてもいいのかな、と思うようになった。
こんな感じで最近、出来る範囲でちょっとずついい加減さを意識しつつある。
他にも、箸を洗うときはスポンジでまず箸の先の方(口に入れるほう)を6回こすり、手に持つ方を4回こすってそしてゆすぐ。ゆすぐ時は最後に必ず先の方から手に持つほうへと水が流れるように流す。この作業の、最初の6回こするのを4回に減らし、次の4回は3回か2回に減らしてみている。とけたチーズやおもちを食べた箸であればもうちょっとこするけど、普通の汚れならこれぐらいでも落ちてるかな、と思い始めた。
それに、そもそも考えれば、子供の時から比べると僕はものすごく食器類洗い方が雑になっている(それでも神経質な方だとおもうけど)。何が変わったかといえば、洗い終わったあと、いちいちにおいをかがなくなった。いまでも嗅覚は敏感な方だと思うけど、子供の頃はもっと嗅覚が強かったように思う。だからすすいでもすすいでも洗剤のにおいがつきまとって、なかなかすすぎおわることができなかった。それを今はにおいに頼らず、大体の感じでよしとしている(多分それでもすすぎは多い方かもしれないが)。
人の脳は、30歳前後に多少回路が変わったり新しいタイプの回路が出来たりするという(多分池谷裕二の海馬で読んだ)。いい加減でいいかな、と思え始めたのも、もしかしたらそういうことなのかも。違うかな。
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