塵も積もればヒキコモリ

福満しげゆき「まだ旅立ってもいないのに」

マンガを久々に新品で買った。福満しげゆきの「まだ旅立ってもいないのに」というマンガだ。以前ネット上で福満しげゆきのマンガが少しだけアップされてるのを見て以来少し興味があったのと、amazonのおすすめ商品に何度か表示されたから興味があったのだ。

それでレビューをここに書こうとしたのだけど、何度書きなおしてみても稚拙な精神分析キチガイになってしまいそうになるなので、箇条書きで色々書くことにした。とりあえず一度読み終わった後での感想なので、後でまた思うことは変わるかもしれない。

・あまり共感はできなかった。
・「それでもどこか男の子としての夢や人生を捨てきっていない男たちのお話」だと感じる。
・古屋兎丸の「パレポリ」に共通する何かをふと感じた。
・作者自身の人格(?)は(多くの作家がそうであるらしいように)作品の雰囲気とは多分あまり関係なく、意外と普通のマイノリティ的な要素と感覚を多く持ち合わせてる人だろうな、と予想する。特にあとがきを読んでそう感じた。
・「一見冷静に現実世界を送りながらも、どこか頭のすみっこの方でマンガ的展開を想像し期待している」という描写には物凄く共感できる
・山田花子(芸人にあらず)のマンガと比べるとだいぶ薄味。
・山田花子の日記マンガは登場人物の性別を男女変えてみてもさして違和感はないが、福満しげゆきのこれは人物の性別を変えると話があまり成立しないと感じた。
まだ旅立ってもいないのにまだ旅立ってもいないのに
(2003/07)
福満 しげゆき

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家族と世間からの「変なの!」攻撃

母が僕の部屋にきて、ふとこんな事を言った。

「ねえ、内田春菊って、変なマンガ描いてる人じゃなかったぁ?」

全くもっていきなりで意味がよくわからなかったが、彼女が突発的に疑問をふと思いついて誰かれ構わずわかりそうな人になら(自分の中で通用する言葉と文法だけを使い)質問するのは、昔からよくあることなので、多分そういうことなのだろうと思った。空気と状況を全く読まない人である(それは少なからず僕にも影響しているようだ)。実際、なんでいきなりそんなことを、と訊ねたら「今テレビに出ててなんか話してたから。うちに前あったよねぇ。それで思い出して。」と答えた。

僕はどう答えていいかわからず、そんな絵やストーリーの世界を口答で説明しても百聞は一見にしかずだしと思って「そんなの今ここで説明してもわからないし忘れちゃうでしょ、本当にそんなに知りたければ本屋に行ってきなさいよ」とだけ答えた。「別にそこまでじゃないけど、変だったよねぇ」としつこいので、僕は「あーあーあーあー!」と言いながら手で追っ払う仕草をして彼女を部屋から出した。彼女が質問してきたのはちょうど僕が福満しげゆきのマンガについても書いている途中だったので邪魔しないで欲しかったのと(パソコンで何か込み入っていそうな時とハミガキしてるときは話しかけないで、と何度言ってもわかってくれない)、それに「変なマンガ」といわれたことで、僕は少しいらだった。

うちにあったということは、それは僕が好んで読んでいたから、ということが彼女にはわかっていない。「うちに前あった内田春菊のマンガ」を「変」と評することが、僕の感性や嗜好を変だと言うことにつながっていることが頭に入っていないのだ。

僕は彼女にこういう風にある種”無邪気に”傷つけられることがよくある。例えば中島みゆきの歌でも、彼女がその歌詞の意味をわからないだけなのに「全然意味がわからないねぇ、なんでみゆきさんはこんな変な歌を作ったんだろうねぇ」と僕に問い掛けてくるのだ。「中島みゆきの歌詞がわからない」のは中島みゆきに原因があるだけの外因である、ということなのだが、中2の頃から16年間僕は中島みゆきが好きだと彼女はわかってるはずなのに、この僕に「変だよねぇ」と言ってくるのだ!吐き気がする。

ただ、人のことを「変なの」といってくるのは母だけではない。前にも書いたが僕は兄からの「変なの」攻撃に小さい頃から今までずっと耐えてきて時には殺意を覚えたほどだし、父も酔っ払って饒舌になってくるとどんどん個人のことを攻撃するようになる。そしてへらへらと笑うのである。大変気持ちの悪い姿になる。

そう言えば、祖母がそういうことに関しては生前一番ひどかった。祖母は教師として人生を生き、教師を退いた後も回りからは先生先生といわれてきた人生だった。音楽の先生だったために合唱団などの指揮者として何度となく拍手喝采の場面を生きてきた。祖母の弟は生前……詳しく書くとすぐに誰なのか調べられるのでわかってしまうので詳細は省くが、越路吹雪や淡谷のり子らと仕事を共にしていたような音楽家だったらしい。祖母はそういう環境で生きてきた人だった。

そのためか、祖母は「自分が最も偉く正しい」という人間性を持ち、実際すさまじい貫禄を持って君臨していた。そんな祖母からすれば”平凡な一般市民”など虫ケラのように見下すようなものでしかなく、バカだのアホだのいくらでも言う人であった。「おばあの”バカ”は口ぐせなんだから、気にしないこと」と母には言って聞かされた。まあ実際ある程度の年齢では僕ももう慣れていたのだけど。

祖母、母、父、兄から浴びせられまくった「変なの」攻撃。世間や学校からいやがおうにも「自分はマイノリティで根暗でのろまでグズで軟弱な奴」と感じさせられた攻撃。僕が今でも母のちょっとした「変なの」に反応するのも、仕方ないことだ。

ここまで書いていて、ある場面を思い出した。僕はその時、両親に「みんながバカっていうの。でも僕がバカってみんなを言うのは許されないの。どうしたらいいの」と相談したように思う。それに対しての答えは「それでいい、言わせておけばいい」だった。僕に耐えろ、ということだった。今おもうと本当に信じられない答えだ。それでどれだけ傷ついているかとか、そういうのが全く頭にない。いじめられてるのでは、とかそういうのが全く頭にない。どこまで能天気な両親なんだろう!あの頃の僕を今僕は慰めてあげたい。なんて可哀想な子どもだったんだろう……。

……ふと、母は、うつ病以前に、アスペルガー症候群だったのでは、とも思う。


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