想像上で「カウンセリングに僕が行く」ということを書いてみる。書けるところまでとりあえず。
……
カウンセラー(以下カ) 今日はどういったことで来られたんでしょうか
僕 ようやくカウンセリングに来られました。
カ と言いますと。
僕 カウンセリングに行きたい、という事が言い出せなかったんです。親に。僕は働いていませんから、親や世間から見たらただ遊んでるだけの風来坊です。だのに、カウンセリングに行きたいなんて、まるで「親や世間や社会に原因があって、僕は悪くない」というようなものじゃないですか。親からすれば「何が原因で行きたいの?」って思われそうっていうか。第一母はいつも金がもったいない金がもったいないって言ってて、10代の頃に心療内科に通ったこともあるんですけど、母は「なんか誰でも言えるような事しか言わないじゃねえか」と愚痴ってたりしました。
カ それでも今日は来れた。
僕 ええ。「理由とかはそのうちまとまったら話す」って言ったんですけど。母はクリスチャンですから、「神様のことを忘れないでね、いつも神様は毅のそばにいるんだよ」ってしつこかったです。つまりカウンセリングなんかより、神様だという。でも僕はそれがたまらなくいやなんです。
カ あなたはクリスチャンなんですか?
僕 それがよくわからないんですが、ネットの掲示板なんかで書いたり見たりすると、やっぱり僕はクリスチャンではないなあと思うんです。母が学生時代からクリスチャンでしたから、その影響というか、僕や兄は産まれる前からすでに母からキリスト教を信じることを背負わされる運命のようなものでした。だから、物心ついたときには教会にいってて、母と物凄く仲のよかった良きおばあちゃん的な牧師さんがいて……僕は教会にいけば、教会のアイドルみたいなもんでしたよ。みんなから可愛がられて。そんな環境でしたから、自然と神を信じる……というよりも、それ以外の選択肢というのは頭にもなかったかもしれませんね。
カ でも、それが今揺らいでいる。
僕 揺らぎ始めたのは、あまり覚えてないんですが、中学か高校の頃だったと思います。僕は日記のようなものをつけていて、山田花子自殺直前日記というのに引きずられてのことなんですけど、その日記に部屋で一人ふるえながら「僕はイエスキリストを裏切る」とようやく書いた覚えがあります。物凄く恐かったです。今でもその時の感覚はなんとなく覚えてる。それでも僕は度々神頼み的なことはしていましたけど。
カ 今現在は、どういう思いですか?
僕 結局母にとっての信仰なんて、飾りというか自分のアイデンティティを確立するための見せかけだったんじゃないかなって思ってます。はっきりいってどこがクリスチャンなの、って思えるような人だし行動しか取らないんです。神様が守ってくれるよ、とか言っておきながら、タバコがやめられないと言って悩み、僕がいやがるのに平気で換気扇もつけずに煙草を吸う。ダイエットに悩んでて、ばかみたいに高価なダイエット食品を買いこんで、そのくせ高カロリーの菓子パンをむしゃむしゃ食べる。鬱病でもあるし、それを10年も抱えて進歩がないなんて、はっきりいって彼女の行動が僕に神などいないって証明してるようなもんですよ。
カ お父様はクリスチャンなんですか?
僕 仕事をやめてから、異常なほどキリスト教にのめりこみました。仕事をしていた時はキリスト教を信じる母のことなど、どこか……ばかにしているとまでは言わないけど、でも近いニュアンスのようなことは感じました。仕事を退職するのと、祖母の介護と、キリスト教を信じるのは、大体同じ時期に重なっていたと思います。
カ じゃあお父さんは、今は熱心なクリスチャン。
僕 どうなんでしょうね。病気をやたら恐がってて……何か死について深く考えるきっかけがあってキリスト教に目覚めたのかもしれませんけど。病気を恐がって、フードファディズムに走りやすいんですよ。まあ昔からなんですけど、ほうれん草は鉄分がなんとかとか行ってほうれん草を買いこんだり。神様に祈ってればいいじゃないかって思うのだけど。そういえば母と父が会話をしていて、父に母が「そんなこといって、お父さん信仰心足りないんじゃな〜い?」っていったことがあって、父はその語調からカチンと来たのかな、と思ったんですけど、母に「……そういうことにキリスト教出すのはよくないよ」って言いました。僕はクリスチャンであれば、そこで即座に反省して祈りでもすればいいのに、結局父は僕にとってはよくわからないキリスト教の境界線のようなものを自分の中で引いてるんだな、って思いました。父にとっては信仰っていうより、哲学に過ぎないのかな。
カ でもクリスチャンになったんなら、お父さんは昔とは違うんじゃないんですか?
僕 よくはわかりません。昔も今もあまり話しませんから。個人的には、ただ偽善者だった父が、キリスト教という最強の後ろ盾が出来たことで、よりスーパーな偽善者になれただけ、っていう風にしか見えませんけど。
カ 偽善者?
僕 ええ。小さい頃のことなんですけど、母が泊まりで帰ってこないっていう日があったんです。それで毎日母に起こされて学校に行ってた僕を、父が「明日お父さんが起こしてあげるから」っていったんですけど、僕は自分で目覚まし時計で起きる自信がありましたから、「いいよ、自分で目覚ましで起きる」っていって。そうしたらどうしたと思います。僕のことを猛烈にひっぱたいて「お父さんが起こしてあげるっていってるのに!!どうしてそんな事言うんだ!!」って僕のことを怒ったんです。僕は訳がわからなくてごめんなさいごめんなさいとしか言い様がなかったけど、もうその頃には父に対して、そう言語化できて意識してた訳じゃないけど、父は偽善者だっていう思いはありましたね。
カ 他に何かエピソードは?
僕 そうですねぇ、多分あげればキリがないんですけど、最近は母の言動にとにかく苛立ってて、あまり細かいこと思い出せないんです。そうだなあ、父は毎日お酒を飲むんですけど、僕ここ一年ぐらいかな、父がお酒を飲むようになったら、自分の部屋へ避難するっていうことをようやく覚えたんです。父がお酒を飲むと、とにかく下品で饒舌になる。目に見えるものについてどんなことでも言うようになる。それが本当にたまらなくいやで。子どもの時、父はでろんでろんになって酔って帰ってくることがあって、ドタンバタンと激しく音を立てて大声をあげて帰ってくるんです。だから今でも大きい物音を父親が立ててると、不安で怯えますね。たまらないです。
カ お酒を飲むと、どんなことを言うんですか?
僕 まずテレビ見ながら悪口を言いますね。テレビに映る人やものを片っ端から悪く言う。それを僕に同意を求めてきて、僕がわからないような風をすると、「毅にはまだわからないんだ」という風にまるで自分が高尚な感覚を持ち合わせているかのような言い方をするんです。こういう時は殺意を覚えます、本当に。それから僕が太っていたときは「どうしてそんなに足が太いの、首が太いの」だの言ったり。人のコンプレックスのことなんてお構いなしです。それで痩せれば痩せたで「足が細すぎ!!」って怒るんです。どちらにしても僕のやることなすこと怒るんです。そういう表現の仕方しかできない。それは、僕がわからないで、あるいは無自覚でそういう状態になっていると勝手に思いこんでるんです。たとえば、包丁で僕が手を猫のようにしないで指を伸ばした状態で切っていると、「毅、こう切るんだよ」とか言ってくるんですね。で、僕は「ふうん」とか言って無視するんです。すると母が「毅に別にそんなこと言わなくていいの」と父に言うんですが、父は「何言ってるんだ、教えてやってるんだ!!」と言います。僕は、そんな切り方はとうにわかっているのだけど、その食材を今切るのには、その時やってたやり方がよかったのだけど、僕がそれをあえて選択してやっている、というのが父には見えない。父が知っているやり方じゃないやり方で僕が何かをやっていると、ただわからなくてそうやってる、としか見てくれないんです。
カ そういうことはよくあるんですか?
僕 よくかどうかは、今そんなに思い出せないんですけど、例えば僕は自分の部屋にCDが800枚ぐらい、本も本棚2つ分ぐらいあるんですけど、きっちり出版社や作者別順にわけて並べてあるんです。それを父が見て、「ねえ、お父さんが捨ててあげようか?」って言ったことがあって。それには本当に寒気を覚えました。父には、僕が大事にしているもの、っていうのが全く見えてないんです。それで、僕が無駄にそういうものを溜め込んでいると本気で思いこんでいるんです。あるいは、もしジョークだったとしても、僕がそういうことで傷ついていることに全く意識がない。
カ 傷ついている?
僕 小学校の3年生ぐらいだったかな、僕が大事にしていたプラモデルの箱を全部ある日父が捨てたんです。それも「お父さんが捨てといてあげたよ!」って。感謝してね、ぐらいの勢いで言うんです。僕はこのことは本当にすごいトラウマで、僕がCDや本をそれだけ集めてしまうのも、ある意味ではそのことが原因になって、依存症になってるのかなって思いましたね、今。
カ 子どもの時は、お父さんとはどんな関係だったんですか?
僕 小さい頃、僕はパン屋になるって言ってて、お母さんにはおいしいパンを作るけど、お父さんには苦いパンを作ってやる!って言ってたのを、確かな記憶かどうかは定かじゃないけど、なんか覚えてます。その頃から、父には何か敵意のようなものがあったのかもしれません。父と兄は野球が好きでしたから、テレビをよく二人に取られて、それで僕は野球嫌いになりました。僕が球技が楽しめなかったりスポーツが嫌いなのは、長年この父の野球好きが反面的に働いたことが原因かな、と思ってました。それから僕が車の免許を取らなかったのも、父が車関係の仕事をしていたからかもしれないし、特に酒を飲まないようにしてるのは、完全に父が反面教師になってますね。これは確実に言えると思います。
カ お父さんへの敵意っておっしゃいましたけど、他に何かありますか?
僕 僕は小学何年生ぐらいまでかは忘れたけど、思春期の女の子にありがちな言い方で、「くさい」と言ってました。それで父が僕を抱きかかえたので「くさい!」といって離れたら、父が「……何ぃ!?」といって僕を追いかけて全身をひっぱたきました。僕はごめんなさい、もう言いませんとか言いましたけど、その後も結局そういう思いは消えなかったですね。18歳ぐらいまではすごくイヤだった。
カ 18歳のときに何かあったんですか?
僕 18歳のときだったかちょっと覚えてないんですけど、父が脳梗塞で倒れたんです。その時はじめて父は死ぬかもしれない、っていう思いにかられて。結局1週間ぐらいでピンピンして退院してきたんですけど、その時は何かそれまでのものがほぐれましたね。父に対する敵意がふと消えていた。だからといって大事にしなきゃとかは思いませんでしたけど、何かがちょっと変わった感じはありました。けど……。
カ けど?
僕 父は病気して退院しただけであって、父は父で何も変わりませんでしたから、僕の中で何かがほぐれたのに、結局また子ども時代の頃から感じてきたようなことが色々心に積み重なってきて、今では父が倒れる前と心理状況はあまり違いがないです。やっぱり人のものを勝手に捨てそうになるし、人の話はきかないし、自分の価値観ばかり押しつけるし、下品だし……。人のやることや言うことが、父にとってどうでもよければ、「へっへっへ」と笑うんです。「ばかばかしい」と言わんばかりのニュアンスで。その笑い方が本当に見てていやで仕方がない。それで僕が怒ると、「毅、人間そんなに語気を荒げてはいけないよ」と途端に偽善者になるんです。だったら、人間としてそんな人のことをばかにするように笑うな!と言いたくなりますが、もうそこで僕は父に負けてるんです。何も言い返せない。だから僕は父とはもう話したくないんです。父と話さないことが最大の防御になりますから。でも、父と話す絶対量を減らすことで、前以上に父の言動に対して敏感になってきたと思います。
カ たとえば……
僕 母が洗い物をしていて、父がその横から苺を2粒洗おうとしたんです。母は「ちょっとまって、これだけ洗ってから」と言ったのですが、父は「こっちの苺を洗わせてくれる方が早いだろう」といいました。その様子をハッキリ見てなかったからわからないんですけど、この場合で僕に置き返ると、早い遅いはこの際どうでもいいんです。それよりも、まず自分のやってる一連の作業を完遂したい。それから苺を洗ってくれ、という気持ちなのです。自分の領域の行動をまずは誰にも邪魔されずにやりたい。でも父は効率だけの話になっていて、そこにイラッとくるんです。思えば、父は何か自分の用事や予定がうまくいかないような要素が見えると、はっきりといらだったり焦ったりする人でした。色んな場面を思い返してみても、父に必要以上に急かされるようなことが多かった。「急いで!早く!大事なんだから!急がないとダメだろう!」って。ところが自分がどうでもいいことになると、人が焦ってることなんて全くおかまいなし。「はいよー」と言うだけで、やっぱりへっへっへと下品に笑って人のことをバカにする。本当に、鈍器で頭を殴ってやりたい気分になります。
カ なるほど。ちょっと話を変えましょうか、社会や世間について、何か思っていることはありますか?
僕 そうですねぇ……やっぱり僕はこの年齢でひきこもりですから、世間からは「親不孝」「甘えてる」「産んで育ててくれた恩を仇で返してる」って思われるなろうなあ、って思ってます。でも、そういうのって、結局親が教えてくれなければ、育まれない精神なんじゃないんでしょうか?自己責任にしても、じゃあどの辺り、年齢から自己責任が発生するの?って思うんです。そうすると大抵は義務教育が終わったら、成人したら、っていうんだろうけど、でもそのひとくくりが一部の人にとっては辛いものになるような気がします。うまく言えないんですけど、みんな精神が順調に、パソコンで計算したみたいに発達していく訳ではないし、その発達みたいなものをどう見てどう扱うか、っていうのは結局親のやることでしょう。そこを何もしなかった親が、ただ子どもの体が年齢が大きくなっただけで大人になった、とするのはどうかと思います。
カ 自分でも何か思い当たる?
僕 ええ。大人なんだから、社会人なんだから、もう何歳なんだから、男なんだから、っていうのは父には場面場面で言われることがありました。そのたびに「自分は僕のことなんか何も育ててくれなかったくせに!」と感じてました。「どうしてこれが出来ない、理解できないんだ」みたいなニュアンスのことを父に言われることもありましたけど、それは母からも父からもそういう風に理解する、出来るための育みを受けてないからなんです。でも、これが一般論では、本人の努力が足りない、っていうことだけで終わらされるんです。これがたまらない。特に僕は、なんだか発達障害が子どもの頃にあったような気がするんです。ネットや本で読んだだけですけど、発達障害の特徴を見てみると、色々と当てはまることがすごくある。当てはまらない部分もあるけど。
カ 例えば?
僕 自分の気持ちとかを言葉で表現するのがすごく大変でした。作文の宿題なんかは全部母に書いてもらってたんですけど、母が書きあげたものを僕がチェックする。すると、僕は「こうじゃないの!こういう作文じゃやなの!」と納得がいかず、母が何度か書くものの、僕は泣いてしまう。自分が伝えたい、表現したいことが自分の中には概念や表現としてのイメージとかがあるんだろうけど、それが自分ではどうしても書けなかった。何をどう書いたらいいのかわからなかった。今思い出しましたけど、小一の時、教室で作文を書かされましてね、先生に見せたんだけど先生は怒った顔で書きなおしなさいという。僕は訳がわからず、泣きながら何度も消しゴムでぐしゃぐしゃにして書きなおすんですけど、先生に見せると黙ったまま首をふる。僕はもうどうしていいかわからないんだけど、それをクラスメイトが見て「毅どうしたの!ちょっと作文見せて!」といって読み上げる。そうすると、文章がまったくもっててんでおかしい。文法が滅茶苦茶で日本語どころか言葉になっていない。読み上げてくれたことでようやく自分の頭が冷静になって、確かに文章があきらかにおかしいことに気付けたのだけど、クラスメイトが読み上げてくれなかったらまったく僕はそこに気付けなかった。その頃から何か言語表現をすることとかに、何か問題があったのかなあなんて思います。
カ 他にはそんな話はありますか?
僕 祖母の家に夏休みは泊まりに言ってたんですけど、ある夜中、僕は気持ち悪くなって起きた、かな。あまり覚えてないんだけど。それで祖母に何かを訴えるんですが、それがまったく言葉になってない。「ぶるぴゃげべみょぬひゃぶるべるあうるうじゃべろあぶるぶ」みたいな言葉にならない言葉を発して、とにかく気持ちが悪くて唇を指でさわりまくる。祖母が「どうしたの、何があったの、毅ちゃん、落ちついて」といって僕にオレンジジュースを持ってきてくれて飲むんだけど、それでもおさまらないで何か変なことを言っている。発達障害っていう概念を知ってから、ちょっとこのことをふと思い出しましたね。祖母の家に泊まってることで気持ちが高揚して単純に不安に陥っていただけかもしれないけど。
……
ここまで。
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