塵も積もればヒキコモリ@ひきこもりブログ

飲みたい薬、飲みたくない薬

<そのことを本当に望んでいるのかどうか。それをはかりたいときは、それが叶う薬が目の前にあったとき、飲むかどうかを問うことだ。即座に飲むと回答できることは、やはり望んでいることなのだ。>



僕はこんな性格ゆえにひきこもりだ。
僕はこんな性質ゆえにひきこもりだ。
僕はこんな感受性ゆえにひきこもりだ。
僕はこんな個性ゆえにひきこもりだ。

だれか「じゃあ、それが”治す”薬があったら、飲む?」

いや、飲まない。それは本来飲む必要ない薬だ。

だれか「じゃあ、キミの親のアタマをまともにしてくれる薬があったら?」

絶対に飲んでもらう。いや、飲ます。なんとしても飲ます。

だれか「あと、イケメン&綺麗な体・体型になれる薬があったら?」

飲む飲む飲む飲む飲む飲む飲む飲む。

だれか「んー、それじゃ惚れ薬は?その人に飲ませればキミを確実に好きになって愛してくれる薬」

いや、それは別にいらないや……。

だれか「飲めば働きたくてしょうがなくなる薬は?」

いらない。

だれか「飲めばネコがうじゃうじゃなついてくる薬は?」

いるいるいるいるいるいるいるいる。


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関連するタグ 引きこもり創作

似顔絵に挑戦してみた

昔から似顔絵に興味があった。それも肖像画的なものよりも、デフォルメしたようなマンガチックな似顔絵アート。

なかなか手を出せずにいたのだけど、先日図書館でスズキコージのスズキコージズキンの大魔法画集を借りようとしたら、その隣に似顔絵の本があったので、それも一緒に借りた。この本。

かんたん似顔絵教室かんたん似顔絵教室
(2008/07/26)
小河原 智子

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それで実際にやってみようとした。この本の中に、色んな人の顔写真があり、その中から選んで描こう……としたのだが、どれもこれも著者がその隣に実際に描いてみせたものがあるので、その絵をみてしまうとその先入観が頭に入ってしまい、結局その著者の絵の真似になってしまうだけになってしまった。

でもよくみると、たまたま著者が似顔絵を隣においてない写真があった。それは、「人の顔はグーチョキパーで大掴みできます」というような説明のところにあったこの写真(この人のスマイルのインパクトの強さに目がとまった部分もあったのだけど)。

似顔絵写真見本

真面目パターン、普通パターン、笑顔パターンの3つでちょうどいい。なのでこれをみながら描いてみることにした。ある程度練習した後、また描いたのがこれ。

似顔絵実践

むずかしい……。

描いてみてわかったのは、この著者は、メガネのことについてもっと言及するべきだと思った。メガネを描くのは想像以上に難しい。僕はある程度「こうかな?」というコツはつかんだけれども、どう説明していいのかはよくわからない。もっと大きく描いてしまってもよかったかもしれない。なお、著者はすべての似顔絵において、メガネのテンプル(蝶番で接続された耳にかけるあの部分)を描いていないのだが、そこについても言及されていない。

それと、写真を見ながら似顔絵を描こうとすると、どうしてもデッサン的になってしまい、デフォルメがなされない感じがする。「この人のこの顔のここの印象を強調したい」というような部分が、うまく強調されないのだ。

そこから解き放たれる(?)ためには、ある程度似顔絵を、写真か実物を見ながら繰り返し練習する。その後、その人の顔を見ないで、ソラで描いてみる。そうすると、割合うまくいくような気がする。デフォルメを思い切りできるようになる気がする。

実際、写真を見ながら描いていたときは、笑顔パターンの写真を見ながら描くと、まぶたを開いた状態に黒目を入れて、「なにか違うなあ・・・」と感じた。が、写真を見ないで描いてみると、「あ、そうか。目を閉じさせた方がニュアンスとしては近いんだな」という感じになる。先述したようにメガネももっと大きく描いてしまえばいいと思ったし、真面目パターンの写真ではそれほど角度がついていないまゆげも、怒ったような角度にしてしまっていいのだと思った。

上に実際描いたものを画像アップしたように、まだこんなレベルであり失敗作みたいなものだが、それでも失敗点を一つにしぼれというなら、髪の分け目が全然違うというところか。ヘアスタイルも結構難しい。

ところで、この本を借りるキッカケになった「スズキコージズキンの大魔法画集」。スズキコージは絵本を勉強してたころに知ったのだけど、この画集を見ていて、シャガールと、それからホラーマンガ家の古賀新一(エコエコアザラクetc)を思い出した。それからトーベ・ヤンソンのムーミンの挿画も思い出す。ムーミンたちが魔法の帽子に辞書を突っ込んだ時に帽子から次々と出てきた小さなケモノたちのようなちっちゃい生き物が、ちりばめられるように描かれている。それに実際ミィのような人物が描かれてたりする。諸星大二郎もふと浮かぶ。

見るのに体力を消耗する画集というのが僕としての感想。

スズキコージズキンの大魔法画集スズキコージズキンの大魔法画集
(2007/07)
スズキ コージ

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猿真似カウンセリング〜野久保直樹と想像会話

本日、目がさめたとき、頭を醒まそうと思ってテレビをつけた。最近、起床時の頭の醒めが悪く、こうしてテレビをつけると割合頭がはっきりしてくることに気づいたからだ。

そしてテレビでは笑っていいとも!をやっており(タモリ老けたなあ……)、画面は見ていなかったのだが「野久保くん」という単語が耳に入り、ああ、野久保直樹が出てるのか……と思って、いいともを見始めてしまった。TBSの昼ドラの内容が思いがけなくつまらなくて見やめたこともあり、なんとなく。

いいともで彼は自分がA型であること、潔癖症であること、母親はほどほどに好きだということ、そういうことを言っていた。僕は野久保のその時の言動とふるまいに、何か違和感を覚えずにはいられなかった。

そんなこんな考えたことを、以下想像における野久保直樹との会話で簡単に記す。

僕は、自分の想像の中に他人を置き、その人と会話をするというのをよくする。その際、僕は身振り手振りを交え実際に言葉を発するので、傍目から見れば幻聴・幻覚がある人がそれと会話をしているように見えるだろう。僕の独り言は思いきり分裂的なのである。

以下想像の中での会話であるから、事実ではないので、たまたまここに辿り着いたファンの方は誤解されないようにお願いしたい。また僕の想像である以上、僕にとって大変都合よく進む会話である。

若干顔見知りの設定。野久保の返答が曖昧なのは、単純に僕があまりそこまで野久保という人を把握していないため、一般的な返事にならざるを得ないということ。

野=野久保。


僕「あの、この間、いいとも出てたの、見ましたよ」

野「ありがとうございます」

僕「そんで、潔癖症なんですってね」

野「そうなんですよ、思わずつい言っちゃいました」

僕「あー。レギュラーの人たちに、野久保くんてどんな人なのってきかれて、真っ先に言ったのが潔癖だったじゃないですか。あれって、他に思いついたことがなくて、そんで最初に浮かんだのが潔癖だったんですか?」

野「そう……ですね、」

僕「だとすると、自分が潔癖だっていうのは、割合自分のアイデンティティとして、確立してるんだ?」

野「ですね」

僕「A型っていうことを強調してたものね、男性には珍しいなあと思ってたけど。」

野「何が珍しいんですか?」

僕「いや、男性でね、僕はA型なんで神経質なんです、ってわざわざ言う人って、珍しいなあと思って。」

野「あー」

僕「でも、神経質の人って、自分で公言しないと、大雑把な他人はズカズカどかどか遠慮なくきますからね、その辺は自らきっちり言って自分の領域を守っておかないとですよね」

野「そうなんですよ。誰もわかってくれなくて。」

僕「あの、自分の潔癖さの度合いを満員電車で例えてましたよね。満員電車でも、つり革つかめないって」

野「つかめないです。どうも気持ち悪くて」

僕「仕方なく、小指だけでつかむと」

野「はい」

僕「はーん……なるほどねえ」

野「え、なんですか。」

僕「あのね、思うんだけど、実はやっぱ、今の自分の人気ってものが、どこか不条理なものだと感じてる部分、あるんじゃないんですか?」

野「どういうことですか?」

僕「つまりね、このタレントの”野久保直樹”っていうのは、あっというまにキャライメージとして作られて広まってしまって、それで誰一人としてそれを疑わないわけですよ、その野久保像を。その現状に、野久保くんとしても、実は結構つらいというかキツイものがあるというか」

野「うーん……(笑)」

僕「満員電車ってのは、要はその、人波に押される気分の悪くなるおしくらまんじゅうっていうことの典型的イメージじゃないですか。潔癖の説明をするとき、いっちゃん最初に思いついたのが電車でのエピソードなんですか?」

野「そうですね、ぱっと思いついた」

僕「だとするとね、まあ勝手な邪推なんだけど、人並みに押されてままならない状況の中で、つり革をつかまらないっていうのは、どうにもならない状況に対して、抵抗手段を持たない、持ちようがないっていうことですよ。持っても小指でようやくしぶしぶながらつかまる、っていうことでしょう。僕は、この例えを真っ先にあなたがいいともで言い出したってのは、野久保くんがまさに今、タレントとして感じてる不条理さ、理不尽さを吐き出しちゃったことと同じなんだと、感じたんです。」

野「うーん……?」

僕「大勢のファンの人、まあ世間っていってもいいのかな、その人たちは、現実の野久保直樹という人を一切越えて、野久保くんのもっと後ろにある大きなものを見てる、でしょ。」

野「それはすごい感じます。」

僕「若い女の子が”ノックにぎゅっと抱きしめて俺にとってはおまえだけだとか言われて守ってもらいたい”とか言っちゃうとかね(笑)」

野「あは(笑)」

僕「まあそれはいいんだけど、だからその、結局今のタレントとしての野久保直樹が、どうしても不本意ながらひきよせてしまうでっかいものに対して、野久保くん自身、抵抗手段を一切持ててないんでしょう。僕はね、まさにそれが電車の中で抵抗ができず、抵抗できてもつり革を小指でつかむ、っていうことであらわされたんだと、思いますよ」

野「僕はそれに対してなんと言ったらいいのか……」

僕「いや僕の邪推ですから、聞き流してください、僕が勝手に言いたい放題したいだけだから。そんでね、さらに身もフタもなく言っちゃうと、実は芸能界そのものとファンを、ものすごく不潔なものだとおもってるんじゃないですか?」

野「いやいやいや、そんなことはありません、決して、ハイ」

僕「(笑)。僕はね、野久保くんがあそこで頑ななまでに潔癖を主張したのは、ある意味で、『僕はタレントやってるけどプライバシーの領域だけは頼むから守らせてくれ』という間接的な、迂回的な宣言なんだとおもいましたよ。目の前で言うのも失礼だけど、野久保くんはやっぱりおバカキャラであっても、どこかイイコキャラという位置づけがありますよね。まあ僕はその方が合ってるようにもおもうんだけど、バラエティーでもガンガン前に出ずにすんで大人しくできるから、自分としても割合いいでしょ?元々俳優志望なわけだし」

野「(笑)」

僕「イイコキャラという要素があるから、実際自分が嫌いだと思ってることをあまり大きくは言えない。イイコがちょっと悪いことをしたときの周囲の軽蔑の目ってのはすさまじいものがありますからね。ドラマでしつこいぐらいに描かれるテーマの、不良がいいことをすると途端に見なおされてしまうのとは逆に。中島みゆきの歌でもあるんですよ、♪こんな仕事をしているような女だから誰にでもやさしくすると思われやすい、あたしにだって嫌いなやつはたくさんいる、だけどだれにも嫌いだと言えない♪、なんていう。それだから、自分の嫌いなものを嫌いと言えないキャラづけをされてるんだけど、やっぱりそれを言ってしまいたいという欲求があって、それがあの潔癖ということを経由して、口をついたんだと、僕は感じましたね」

*

僕「あの、お母さんの話になったときに、言葉を濁しましたよね」

野「そうですね、家族の話がふられるとは思いも寄らなかったんで」

僕「どんな話がふられるかわからないのがバラエティーの怖いところですね(笑)。それで、僕はあれ物凄く邪推しちゃったんだけど、もしかしてお母さんがあまり好きじゃないとか?」

野「いや、そんなことはないですよ。ただなんて言ったらいいかわからなかっただけで……アドリブがきかなくて」

僕「それ致命傷じゃないか(笑)。まいいや、あー、だとしたら僕はちょっと邪推しすぎたな。自分が潔癖であるっていうことは母親とは全く関係ないという宣言なのかと思っちゃった。要は母親からは自立してます、母親の影響なんかじゃありませんから、誤解しないでください、という意味合いなのかと思った。でもそうするとあれかな、さっきも話したけど、自分のタレントイメージが世間で大きくなりすぎちゃって、本来の自分を越えたものを誰しも見てしまっている。その居心地の悪さを野久保くん自体が抱えているんだとしたら、あのーこの世間からの巨大で圧倒的に(悪い意味ではなく)偏見に満ちたあなたへのまなざしに、家族はなんとしても巻き込んじゃいけない、という思いがあるんじゃないかと思うんだけれど」

野「ものすごくあります。僕が家族を守らないといけないなっていう危機感っていうか」

僕「イイコだなあ、どこからくるのその素朴さ。普通母親を愛しているかどうかを問われて言葉を濁すなんて、マザコンだと思われたくないっていうところからくるものがほとんどだと思うけどね、男性の場合。野久保くんの場合はそういう保身的なものじゃあなかったんだね(だとするとこの子は<一卵性親子>みたいな感じなのかな……それも息子というよりは娘的な……)。でもそう感じてるとすると、潔癖はますます強まってるんじゃないかなあ。潔癖ってガードを固めることだから、売れる前より、昔より潔癖症状が強くなったっていうところ、ない?」

野「どうでしょうねえ。」

僕「『僕は家族を守りたい』という意識があるから、野久保くんとしては自分がピエロになってそっちに矢が集中してくれればいい、っていう気持ちがあるんだと思う。でも一方で、ピエロでありつづけるってのはなんだかんだであなたの本来の気質には、あまり合ってないんじゃないかしら。そこで潔癖が、なおさらに補強されていく、っていう部分もあると思う。マスコミとファンから家族を守ること、それから自分を守ること。このどちらもが潔癖っていうポイントで名が売れた以前よりも強烈に結びついているような気がしちゃうんだけどなあ。……ところで今、恋人いる?」

野「なんですか急に。いませんよ、いないっていうかできないです。忙しいし。」

僕「そうですか、僕はそこで潔癖だからっていう答えをちょっと期待しちゃったんだけど(笑)。いや、つり革につかまるのも小指だけっていう話を訊いてね、そこもまた邪推しちゃったんですよ。指一本だけでつかまりますとかじゃなく、小指だけを結ぶってわざわざ表現したのは、誰か小指を結ぶような相手がいて、芸能界に作られた自分じゃない自分を唯一見てくれる人がいるのかな、なんて思っちゃった。これも邪推だね、まあ訊くのも野暮って話か。」


以上である。

母親についての言及において、野久保が母親を嫌悪しているというコースも考えてみたのだが、そちらは話が複雑になりすぎるので、やめた。なぜなら僕自身の母に対する意識が浮上しすぎてくるため、厄介な話にならざるをえないのだ。



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ケータイ小説「スメル」

一体どこから来るんだろう。

一体どこから漂っているんだろう。

まるで、乱暴な男がレイプするかのように、アタシの鼻の奥にそのにおいは焼きつく。

におう。

くさい。

いやなにおいだ。

ドウシテ?ドウシテ?

ドウシテコンナニクサイノダロウ。

数日前からどこからともなく漂う動物臭さ。

――アタシはゆるぽちゃひきこもりの腐女子。

”腐”っていっても、別にBLがすきって訳じゃない。

文字通り、腐っている、朽ちているんだ。”ソウ、オマエハ朽チテイクンダヨ……”

話は変わって、パパもママも最近ずっと家にいるから、二人とも動きに寸分のスキも見せぬため、最近アタシはお風呂に全然入れていない。

でもそんなことカンケーなかった。

アタシにはトラウマがあるから……。

それよりこのにおいは本当にどこからくるんだろう。

ピコーン!

あたしはひらめく。

きっとこれはトラウマの匂いなんだ。

虎と馬っていうぐらいなんだから、動物くさくてもちっともおかしくない。

アタシ今夜、自分にノーベル賞を受賞だ。おめでとう。


(※作者注:……書いててイヤになりました。ケータイ小説ってものはとてもヘヴィーだと実感。)


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創作・ひきこもりの家庭の会話

母親「誰があんたを生んでくれたと思ってるの!」
父親「いいか、おまえをここまで食わせて育ててきたのは誰なのか、わかってるか?それを考えたら、もうおまえがやるべきことも考えるべきことも一つだと決まってるだろう」

子供「うん、わかった。それはつまり、おとうさんとおかあさんはワタシを捨てたかったときもあったし殺したかったときもあったし”家族”なんか放り出してお金を自分のために使って他の男の人や女の人と遊んだりしたかったけどガマンしてたってことだね」

両親「そんなことを言ってるんじゃない!!!!そんな薄汚いことを言うなんて、人として恥ずかしいぞ!!!」

子供「じゃあ、ワタシがここまで自殺もしないで生き延びてきたことにおとうさんとおかあさんは感謝してくれるの?」

両親「どうしてそんな屁理屈ばかりこねるの!!!!それにそんな親不孝なことを言うもんじゃありません!!!」


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ひきこもりの履歴書/山崎ハコ「ANOU」

ひきこもりの履歴書というのは実に個性的です。こんなに芯が一本通った人間はそうそういません。


学歴……不登校・ひきこもり

資格……ひきこもり超一級

趣味・特技……一日中ひきこもり

志望動機……本当は働きたくありません

職歴……ニート、自宅警備

扶養家族……予定一切なし

履歴書の写真……お金がないから証明写真は無理なのでイラストにしてみました


ここでBGM:山崎ハコ「ANOU」

♪ANOU ボクは要りませんか
♪ANOU 夜が好きなんだけど
♪ANOU ここで要りませんか
♪ANOU り歴書なしで OH! NO


山崎ハコは時代を約20年ほど先取りしすぎですネ。




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作詞のススメ〜既存の歌にあてこめばOK〜

作詞は難しく考えることはない。形式や決まりがあるんじゃないの、なんてことは特に考えなくていい。それもあるにはあるのだけど、考え始めるとキリがなくて結局ハードル高くなるからね。(脱ひきこもりに適用できそうな考えなのになあ、人生にはなかなか適用する気がおきないなあ)

そんで、自分の好きなメロディーをちょっと拝借すればよい。

つまり、自分の好きな歌があるでしょう。僕が今思いつく限りで言ってみるけど(これは全部が全部僕が好きな歌手って意味ではないよ、ただ羅列してるだけ。念のため)、宇多田ヒカル、YUI、青山テルマ、泰葉(笑)、中島みゆき、ALI PROJECT、坂本真綾、椎名林檎、UA、ORANGE RANGE、関ジャニ∞、BUMP、小島麻由美、氷川きよし、くるり、AIR、中森明菜、工藤静香、スキマスイッチ、岩男潤子、谷山浩子、ZABADAK、初音ミク、高橋洋子、ピチカート・ファイヴ、SMAP……まあなんでもいいんだけど、好きな歌手、アーティストがいるでしょう。

彼(女)らがつくってくれたメロディーを拝借して、そこに自分のかきたい事を乗せればいいんである。

実際にやってみよう。

とりあえず僕の好きな中島みゆきの「地上の星」から。地上の星の出だしはこうなっている。

「♪風の中のすばる 砂の中の銀河」

これに何かかわりの言葉をあてはめてみよう。そうだなあ。とりあえずこんなところか。

「野良猫が鳴いてる…… 発情期だからか?」

今そのまま浮かんだ言葉をいれたので、まあこんな感じになった。実際に口ずさんでみてほしい、歌えるから。

これをもしも既存の曲(ここでは地上の星)にあてこまず、好きなように書くとしたら、こんな感じになったかもしれない。

1「外で野良猫が鳴いている 発情期だからだろうか」
2「野良猫がニャー 発情期?」

既存の曲=文字数の制限がないため、1のようにいくらでも書けたり、2のように短くなったりする。そのバランス加減をどうしていいからわからなくなるときがある。だから、既存のメロディー=文字数制限をあらかじめ設定して、やるのがよいのだ。

もちろん、上記のような歌詞を、地上の星のメロディーで歌えないこともない。ただし1はかなり早口になるし、2はずいぶん間延びしてしまい、歌いづらい。

実際に口ずさんでみて、歌いやすい範囲で言葉をあてこんでいくのが理想だ。

では次に進んでみよう。地上の星の次の歌詞はこうだ。

「♪みんなどこへいった 見送られることもなく」

このメロディーを利用して、どんな言葉をあてはめればいいか。これの直前にあてはめた言葉は「野良猫が鳴いてる…… 発情期だからか?」なのだから、とにかく外で野良猫がやかましくニャアニャア鳴いているのである。それを受けて一体何を感じるか。

僕の場合、発情期の猫の声は、やかましくはあるが、どこか哀しい感じがして、眠りから起こされても、つい顔がニヤーっとしてしまう。なので、そんなに嫌いな鳴き声ではない。というわけで、こんな感じになるか。

「可愛くて哀しいひとり猫の叫び声」

うーん、ちょっと詩的になってしまったように思う。まあいい。

実際に僕にとっては猫の発情期の鳴き声は可愛くてそしてどこか哀しいから、まず「可愛くて哀しい」になる。

そして次が一気に詩的になるのだが、「ひとり猫の叫び声」と書いてしまった。これは自分でもどう考えたらいいのかちょっとつまるが、とにかく外でアオーンアオーンと鳴いている限り、その猫は交尾中ではないのだから、「一匹の猫」である。しかし僕のアタマには「一匹の猫」というワードはその瞬間浮かばなかった。僕にとっては「ひとり猫」というワードがピッタリだった。

感性とは、そういうことである。外に単体で鳴いている猫がいる、それをあらわすに一体どういう言葉を使うか、選ぶか。この違いが人によって違うというのが、”それぞれの感性の違い”ということなのである。

よって、その後に来る「叫び声」というのも同じで、これは僕の感性で選ばれた言葉ある……のだが、これはこれで説明しなければいけないところがある。

冒頭で「野良猫が鳴いてる……」と書いたのだが、もう一度「鳴いている」「鳴き声」ということを繰り返したかったのだ。だが、「鳴き声」「鳴いている」という言葉を使うと、冒頭に使ったばかりなのですぐには使えないのだ。同じ言葉を一行〜四行内で二度も三度も使う歌詞は、ちょっとくどいのだ(たとえば宮崎吾郎作詞の手嶌葵の歌「空の終点」。ものすごくくどい)。そのため、僕はそれを「叫び声」という言葉に置き換えた、と思われる(他人事みたいに言うのは、実際自分の作品を解説するのって、結局他人事みたいにしか言えないからだ)。

それと、話しがちょっと前後するが、「可愛くて哀しい」にしても、「哀しくて可愛い」ではいけないのか、という問題がある。

これは、僕の美学からいえば「NG」である。なぜか?

実際に地上の星のメロディー、「みんなどこへいった」の部分にそれぞれをあてこんで口ずさんでみるとそれはわかる。

3「可愛くて哀しい」
4「哀しくて可愛い」

3の方がよりメロディーにマッチしていて、4の方がメロディーに対して言葉の音が柔らかすぎるでしょう。……わからない?

ローマ字で考えるほうがよりいいかもしれない。

3「kawaikutekanasii」
4「kanasikutekawaii」

3の場合、最後の3音の中に「si」が入っているため、あの地上の星独特の力強いメロディーをさらに補強してくれるのである。一方、4の場合、最後3音は「waii」となっていて、若干曖昧で音が柔らかすぎる。そのため、ちょっと間延びするというか、こころもとなくなってしまうのである。もしこれがかなり優しいメロディーであれば、4でもかまわなかった、あるいは4でなければならなかったのだ。とはいえ、この辺はさっきの感性的な話よりも、なおさらのこと感性的な話だから、理解できなくてもいい、かなり僕個人の感覚であるから。

では、僕が書いたここまでの二行をまとめてみよう。口ずさんでみてください。

♪野良猫が鳴いてる…… 発情期だからか?
♪可愛くて哀しいひとり猫の叫び声

どう?歌えるでしょう?

「作詞をやってみたいけど、どうにも取っ掛かりがつかめない……」

そんな人は、既存のメロディーを利用すればよい。

さて、「やってみてるけど、キッチリ一番二番、サビもう一回繰り返しする分の言葉なんて、そこまでは思いつかない!!」というような場合は、別にワンコーラスだけでもいい。もちろんツーコーラス、3コーラスと量をこなした方が鍛錬できるだろうけど、それでつまずくようだったら、ワンコーラスだけでもいいのだ。

あと中島みゆきみたいに繰り返し手法だってありだ(例:子守歌)。槇原教之の「僕が一番欲しかったもの」とかもちょっと言葉をかえることでの繰り返し手法ソング。

もっと簡単に作詞したければやっぱり5・7・5をいくつも並べればいいんじゃないかと思う。ただし、その場合、四行・二行・四行で改行をいれたのを一つのまとまりとすれば、ちょうど標準的なポップスの長さになると思う。

それから、「この方法でやってみたら結局もとの歌のパクリみたいになったし!!」というようなことも有り得るのだけど、それはそれでよしとした方がいい。最初はそんなもん。原曲のイメージにひきずられるのは当然。それに発表しないものであれば、パクリでもなんでもいい。発表する時のみ、チェックをいれておけばいい。

まあそんなチェックありきのはずのプロの歌も、似たり寄ったりの歌詞ばかりになったりしてる訳で……。


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作詞「ヒッキー、ヒッキー、ヒッキー」

「ヒッキー、ヒッキー、ヒッキー」


ヒッキー、ヒッキー、ヒッキー
一日中家でぼんやりしてる 雨戸しめて
ヒッキー、ヒッキー、ヒッキー
ぼけっとしてる

  パソコンつけて 2ちゃん見たり
  動画を見たり 根暗一筋


ヒッキー、ヒッキー、ヒッキー
精神科とかカウンセリングとか連れて行かれて
ヒッキー、ヒッキー、ヒッキー
ジメッとしてる

  プライドだけが やたら高くて
  知能は低い 手に負えない人


ヒッキー、ヒッキー、ヒッキー
タダメシ食らいうんこを出してまたすぐに寝る
ヒッキー、ヒッキー、ヒッキー
生産性ゼロ

  電話が鳴ってもチャイムが鳴っても
  絶対出ない 居留守決め込む


ヒッキー、ヒッキー、ヒッキー
「親が死ぬ前に自殺をしたい」そう考える
ヒッキー、ヒッキー、ヒッキー
絶望する人

ヒッキー、ヒッキー、ヒッキー
「親が死ぬ前に自殺をしたい」そう考える
ヒッキー、ヒッキー、ヒッキー
絶望する人

絶望する人 何やってもダメ


(TH-fnlnd)


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関連するタグ 引きこもりニート作詞

超ショートショート「求人誌を買いに」

彼は引きこもりであった。

二週間に一度シャワーをあびるぐらいの引きこもりであった。

ところがある日、両親の出かけているすきにふと外出し、何を思ったか求人誌を買ってきた。

彼は部屋でそれを眺める。

こうして彼はその後も両親のいないすきを狙って外出し、求人誌を買い続けた。

しかし、ペンで丸をつけたり線をひっぱったりすることはあっても、彼は実際にアルバイト等に応募することはなかった。

ある日のこと、買ってきたばかりの求人誌を抱え帰ってきた彼は、母親と鉢合わせた。彼は硬直した。

母親は彼が手に持っているその雑誌に目を丸くし、だが次第に顔が歪み、涙でいっぱいになった。

母親は言った。

「おまえ……ようやく目を醒ましてくれたんだね……ああ、おかあさん、神社で一生懸命おさいせんしてお祈りしたりした甲斐があったよ……」

次の瞬間、彼はその場で気を失ってしまった。

以後、彼は求人誌を買いに出かけるような事はなくなり、以前よりも程度の重いひきこもりとなった。もはや月に一度シャワーをあびることができるかどうか。

母親は再び神社に通い始め、霊媒師が記した人生訓の本などを読み漁っている。

(※フィクションである。僕は求人誌を購入したことはない)


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関連するタグ 引きこもり創作

作詞「一人歩きは生まれつき」

「一人歩きは生まれつき」


背中を見送る役割だけが得意さ
指輪をたたえる拍手ばかりが取り柄さ
みじめなネコだと悟られちゃ終わりだから
じゃれてるふりして爪を心でといでる

    噂も疑いも囁かれてれば
    まだましな方
    ありえないと想像されることさえ
    幸せだろう

  一人歩きは生まれつき
  これ以外はできなくて


恩より親しく恋よりもなれなれしく
気楽でいられるあいだがらが一番サ
文句を言われる筋合いも義理もなしに
こうして一生いられやしないもんカナ

    本音も絶望もうらなわれてれば
    まだ足しになる
    透きとおるからだに吹きつく風など
    誰に聞こえる

  一人歩きは生まれつき
  これ以外の道もなく


(NM-tbk)


■自分のための覚え書き

・2番で「サ」「カナ」とカタカナを使ってるのは、ここの4行分だけ語っている人間が違うから。しかしそうとはせずにこの4行も一貫して同一人物が語っているものとしても、それはそれで別の意味合いとして通じる効果もいれてあるため、語尾をカタカナにするという手法をとった。完全に別の人間とするならば、この4行の最初と最後にかぎかっこをつければよかっただけである。
・「あいだがら」は漢字の「間柄」だったのを上記の意図を含んだ上でひらがなに改変。
・「うらなわれてれば」は最初漢字にしようかとも思ったが、若干舌を噛みそうな言葉だし、漢字にすると「ウナワラ」とか「ウラワナ」とか自分でも読んでしまいそうだったのでひらがなに。「うらなわれる」という言葉は日常の言葉としてはややイレギュラーか?
・「吹きつく風など誰に聞こえる」は最初「ついてる傷など誰も見えない」だったのを改変。


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作詞「朽木糞土夢荷物」

「朽木糞土夢荷物」


「きみも今日から大人の仲間
子供みたいにはふるまえない
若さを盾にするのはもう
卑怯なやり口 ずるい逃げ方」

「迷惑かけた数を数え
罪に悔いるのが一人前
親が今まで飲んだ涙
どれだけの量かわかってるよな」

  ああ 抱きしめてる夢荷物 
  焼き払わなければ
  でも 捨てきれずに 
  腕の中で朽ちて濁る


「あなたを支え見つめてきた
親と友と師を覚えていて
それが一つも欠けてたなら
あなたもここには存在しない」

「おまえのせいさ その痛みは
他の誰じゃない おまえの咎
甘えた言葉吐くのならば
深い森の中 独りきり迷え」

  ああ 抱きしめてる夢荷物 
  焼き払わなければ
  でも 捨てきれずに 
  腕の中で朽ちて濁る


(NM-krnhsr)


■自分のための覚え書き

・泉谷しげるへの返歌的なものを書こうとしたけど、我ながらすごくイヤな詞を作ってしまった……
・読みは”キュウボクフンドユメニモツ”。朽木糞土とは役立たずの例え。糞土ははきだめの土、汚い土。
・「独りきり迷え」は「独りで霧に迷え」とかかっている。
・「深い森の中 独りで迷え」は最初「あの森の中へ一人で逝けよ」だった。もちろん青木が原樹海のこと。


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作詞「効かない薬」

「効かない薬」


あなたにだけは会いたくないと迷えば
街は余計に恐くて
あいつにだけは会いたくないと祈れば
靴はその色を透明にする

  誰もいない国でならなんて
  いつまで見ていい夢なのか
  眠り薬の幻でさえ
  どうしてそんな意地悪ばかり見せるの

私に愛をくれると言うのだったら
遥か彼方の距離を渡してよ


あの事だけは誰の心の中にも
残ってないでほしいと
願えば願うほどに全ての記憶は
鮮やかに私の前に映る

  時は忘れ薬だよなんて
  信じてしまってバカみたい
  変わりすぎて 変わらなさすぎて
  鏡に時計を映して呪って泣く

私の愛を誰かに投げるその日を
震えながらここでまだ待ってる

ただ待ってる


(NM-ykyk)


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とある子供の訴え「人は死んでも生き返る」

(※以下はすべて僕による創作文であり、100%僕の死生観ではないことをあらかじめ断っておく)

この間、僕の学校で、アンケートがありました。

そのアンケートは「人は死んだら生きかえるか?○×で答えなさい」とかいう内容でした。

僕はそのアンケートに○をつける前に、色々考えました。

もしも自分のお母さんが死んだら?妹が死んだら?お父さんが死んだら?ポチが死んだら?

お葬式の場面を想像したら、なんだか胸が苦しくなって泣きたくなりました。でもまわりにみんながいるから泣かなかったです。

それで、もう少し想像して、その時どんな気持ちになるかなあ、と思ったら、僕は「お願い!もう一度生き返って!」って思うなあ、と考えました。

自分のお母さんとかが死んで、すぐにそんな「もう死んじゃったんだ、もう生きかえらないんだ」なんて思える人って、いるのかなあ?そんなにすぐにあきらめられるかなあ?

そんな風にたくさん想像して考えて、僕は「人は死んだら生きかえる」の方に○をつけ提出しました。僕は自分のお母さんとかが死んだら、やっぱり生きかえってほしいから。

そしたらその日の放課後、学校にあるカウンセリング室に呼ばれました。そこには僕のお母さんも来ていました。

そこで「発達障害について」というパンフレットみたいのが渡されました。

どうやら僕には障害がある、という話になってるみたいなんです。

それというのも、あのアンケートがその決め手となった、ということでした。

僕はこれはやばい、と思ってどうしてあのアンケートにそういう風に○をつけたかを全部いそいで説明しました。

そしたら先生も「なんだ、そういうことか!」ということで、僕とお母さんはカウンセリング室から出してもらえました。

帰りに、お母さんは「そんな風に思ってくれたなんて、お母さんうれしいなー」って言ってました。僕はなんだか恥ずかしくなりました。

それで僕は考えたんですが、ニュースとかで時々「いまの子どもはゲームの影響で人の命もリセットできると思っていて想像力に欠けている」とか言ってるのですが、それは違うと思いました。だって僕はそんなんじゃなかったから。

人が死ぬ場面を想像して、生きかえってほしい!って思って、それで「人は死んでも生きかえってほしい」って思うことって、ダメなんですか?絶対に×をつけなきゃいけないんですか?発達障害でカウンセリング室に行かなきゃだめなんですか?

なんか本当はそんな風に言ってくる大人の人の方が、僕は想像力がないんじゃないの、と思いました。


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作詞「さすが」

「さすが」


さすが上手くやれるもんだな
あの頃から二人は
まるで違ってたね
さすがおまえの腕は強く
負けん気すら持てない
俺の弱さが沁みたよ

  似てる暮らしを真似れば必ず
  みんな同じような幸せが
  落ちて来るさと信じて待って
  落ち葉みたいなこいしが降り積もるばかりだ
  

さすが間違わないもんだな
大人ぶってかかとを
あげもせずにそのまんま
さすがあどけないはにかみは
変わらずまだ残って
あいつのために歌うね

  似てる暮らしを真似れば必ず
  みんな同じような幸せが
  落ちて来るさと信じて待って
  落ち葉みたいなこいしが降り積もるばかりだ


(NM-rik)

■自分のための覚え書き

・「変わらずまだ残って」は最初「それでもまだ残って」だったが、その前のフレーズに「そのまんま」という言葉を使用したため、近すぎる重複になるのを避けた。
・最後二行の冒頭、「落ち」で揃えたのは「オチ」ということを強調するための意図。
・「落ちて来るさと信じて待って 落ち葉みたいなこいしが降り積もるばかりだ」は最初「降って来るさと信じて待って 枯れ葉みたいな小石が降り積もるばかりだ」だったのを改変。「オチ」を含めるために。
・「こいし」は「小石」と「恋しい」のかけあわせ。
・「さすが」=「流石」=「流れる石」という意図。「流れる石」→「小石」。「流れる意思」&「小石」→「恋しい」。


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作詞「本一冊」

「本一冊」


隠れ蓑もなく眠り続ける者よ
せめて一冊の本を抱いて眠れよ
刷られた文字の数を数えればいい
まぶたを閉じて逆さまでもいい

 曲げた背中と、メガネつけてりゃ
 そんなものと放ってくれるさ

  酒も煙草も厭われて人でなしだとはたかれる

   彷徨に身を投げても赦されるのはひとりふたりだ
   旅人に僕はなれない 旅の地平が僕に見えない


回らぬ頭の痛みを覚えながら
されど一冊の本を薬に眠れよ
読めば読むほどに叩きつけたくなる
めくれぬ手指の嘆きがこぼれる

 人形みたいな死人みたいな
 日々を誰が見つめてくれる

  肌も呼吸も厭われてろくでなしだとはたかれる

   彷徨に身を投げても赦されるのはひとりふたりだ
   旅人に僕はなれない 旅の地平が僕に見えない


(NM-kutunum)

■自分のための覚え書き

・「ひとりふたり」は「一人二人」と「一里ニ里」の二つの意味を持たせているため、平仮名にしている。
・「回らぬ頭の痛み」と「めくれぬ手指の嘆き」は対である。
・「曲げた背中にメガネつけてりゃ」は「眼鏡つけてりゃ世間も少しは」を改変。
・「数えればいい」は「数えてりゃいい」だったが、「てりゃ」がワンコーラスに二つ出てくるのは若干くどい。
・「人形みたいな死人みたいな」はあまりにも稚拙な表現ではなかろうか。
・「放ってくれるさ」に対して「見つめてくれる」は「見つめてくれるの」にしようか悩んだが、結局「の」は外した。
・「されど」は「だけど」を改変。音の強さを取った。
・「曲げた背中にメガネつけてりゃ」→「曲げた背中と、メガネつけてりゃ」
・etc……


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作詞「咲いても枯れても」

「咲いても枯れても」


薔薇の花があれば棘を触りたくなる
痛みをくれる真紅
黒い薔薇があれば胸につけたくなる
悲しみ歌う闇夜

  散れば散るほどに無口になる
  もう二度と戻せない

いつか枯れ果てたら惨めなひと片らも
風に吹かれていずこまで


咲いてひらくための水は数滴足らず
強い陽だまりにだれる
やっと咲き誇れば周りは枯れていた
あんまり遅すぎたみたい

  散れば散るほどに無口になる
  嗚呼、みんな帰らない

いつか枯れ果てたら惨めなひと片らを
誰か拾って下さいな


(NM-kttnsygr)


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「ましゅまろ」

以下は僕が1999年の春頃に作った絵本。のようなもの。

当時、絵本について習っていたので、その講座にて作った絵本のダミーになる。(絵本のダミー=マンガで言うところのネームのこと)

よもや誰もこんな絵本覚えている訳もなかろうと思い、ブログネタにちょうどいいかなと思って公開することにした。

その時教わったことは絵本作家になりたい人にとってはそこそこためになるような事だったので、後日「絵本作家になるには」と題して、この絵本や今思うことについて、何か書きたいと思う。

僕が作った変な絵本、「ましゅまろ」。

よければ見てやってください。














































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関連するタグ 引きこもり絵本

人は皆羊だ


羊はなにも言わないと
羊はすべて大人しいと
皆思ってる
互いに思ってる


訳もわからず羊は群れあい
牧羊犬に追われたり
コヨーテに狙われたり
それでもみんな羊だ


羊の群れから
はぐれる羊が
あそこに二匹
stray sheep


重き荷を負い
牧羊犬達に纏わられながら
コヨーテから身を翻しながら
羊の皮をかぶった迷える子羊
たった二匹の


昔打ち倒された子羊に震え
いつか打ち倒される子羊を抱え
ついに打ち倒された子羊に誓う

あの遠い山を背に負い

それでも人は皆羊だ


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関連するタグ 引きこもり映画

pixiaで絵を描いている その3

pixiaも最初は訳がわからなかったけど、機能がそこそこ色々わかってきて、だんだん細かい絵が描けるようになってきた。

050


pixiaの機能を色々実験してたら、黒地にtの値を小さくしてこんな風に描くと、ちょっとステンドグラスっぽいと発見、それで描いた絵。

052


↑完全にプランもなく、太めにガーッと色を塗ってたら、ふとこんなのっぽい形になったので、描いてみた。色塗りでかなり迷うのだけど、ハイライトと影を思い切って塗るといいと気づいた。

053


↑これもノープラで描き始めた。というか、マウスで描くから、そんな細かい絵は描けない訳で、構想構図なしになんとなく描き始めるのが、マウスで描くには合っている。紫のキャンバスに黒を重ねて、消しゴム機能で削るようにしてかいてったらこんなんなった。


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関連するタグ 引きこもりpixiaアート

Pixiaで色々絵を描いている その2

少し前の記事でフリーソフトのペイントソフト、pixiaに少しはまっている事を書いた(※この記事)。

で、その後もなんだかんだで毎日触っている。わりと慣れてきた。こうなるとペンタブが欲しくなるが、でもそこまでまだ気持ちが盛り上がっていない(買ってしまった方が気持ちが盛り上がるんだろうけど)。

pixiaで絵を描く時間も限られている。僕のこのPCのある場所は台所なので、母や父がここいらをうろちょろしている時間には描けないのだ。僕は創作作業をしているとき、人に見られていると何も出来なくなってしまうので。

これは、かなり前の記事にも書いたが、僕の創作に対する兄の冷やかしによって「創作作業は自己満足、恥ずかしいこと、他人に見られるのは耐えられない」と強烈に思わせられたことも原因、トラウマとなっている。

そういう訳で、もうちょっとこのpixiaをいじりたい気持ちはあるのだけど、タイミング等があわずうまいこと行かないときもあるので、なかなか絵(主に色塗り)が上達しないように思う。

でも待てよ、その制約があるからこそ、もしかしたら上達できてる部分もあるかもしれない。「鬼のいぬ間にpixiaだ!!」といわんばかりの気持ちも、もしかしたらあるかもしれない。自分では意識してないけど。いや、ちょっと意識してるかな?

あと、このPC、マウスの調子が徹底的に悪くなることもあって、そういう部分でも「マウスが調子悪くなってない内に描かねば!!」なんて思ってるかも。

という訳で、以下そんなこんなで描いた絵の中から。

無題1


無題2


無題3


無題4


レイヤーって便利。


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関連するタグ 引きこもりpixiaアート

最近「pixia」というグラフィックエディタにはまっている

僕はパソコンで絵というと、今までWindows付属の「ペイント」しか使ったことがなかった。

パソコンで絵が描きたい!と思って何度かグラフィックエディタをインストールしたものの、使い方がさっぱりわからずアンインストールして挫折していた。

でも最近動画サイト、ニコニコ動画で「pixia」というお絵かきソフトを知った。そのソフトの使い方を初心者向けに講座として作ってある動画である。僕はこの動画に触発され、pixiaをインストールした。

それで今、人生でほぼ初の「色塗り」という作業にはまっている。

僕は絵を描く人ではあったけど、色塗りに関してはめっぽう苦手だった。水彩だと紙が水で濡れる。これがすごくハードル。乾くまで待ったり、乾かないうちに塗ったりという過程が入るので、頭が混乱してくる。色鉛筆もどうも苦手だった。どっちにしろ、鉛筆のときみたいに消しゴムで消せないということが、僕には合わなかった。多分普通に言えば優柔不断なので、一体どこから何をどう塗ればいいのかわからなかった。

僕はデッサンを習っていた時がある。ところが先生がそこにいる、みんなが回りにいる、と思うと、何をどう描いていいかわからなくなって固まってしまった。それでなかなか描けずにいて、先生が僕のところをみにきて「ちょっと!遅すぎますよ!!」と大きな声で言った。僕はつらくなった。結局僕は、デッサン力が身についたとはちょっと思えない。

話を戻す。

で、パソコンのソフトならいくらでもやり直しがきく。水彩みたいに画面がぬれる訳じゃない。色鉛筆みたいに消せない訳じゃない。いくらでも消せる。わからなくなったらすぐ削除、またやりなおしたらいい。絵の具なんかみたいにお金もかかんない。

pixiaで描いた絵」というフォルダをつくり、色々試してみてある程度描けたものは保存している。この楽しさ、今後も続くといいなあ。一日1枚2枚描くのが脳体力的に精一杯だけど、もっとたくさんかけるようになりたい(三日坊主ならぬ数週間坊主で終わりそうな